ファイナルファンタジーシリーズは1987年に発売された『ファイナルファンタジー』を第1作とする日本製のRPGシリーズであり、日本が世界に誇るゲームソフトシリーズのひとつ。派生作品を含め様々な世界観を持った作品が数多く発売されており、シリーズ全タイトルの世界累計出荷本数8000万本[1](2007年11月現在)を数える。
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ファイナルファンタジーシリーズの「ファイナル」は、それまでのスクウェアの業績が芳しくなく、制作者たちの間でもおそらく最後の作品になるであろうということで付けられた名称である。しかしその予想に反してヒットし、同社の看板作品となった。その後はファイナルには「究極」という意味も持たせている。
一般的に用いられる「ファイナルファンタジー」の略称は「FF」(エフエフ)であるが、スーパーファミコン時代には「ファイファン」という略語も存在した。特にファミリーコンピュータ当時は、「FF」はファイナルファンタジーシリーズだけではなく、カプコンから発売されたファイナルファイトシリーズを指すことも多く、これと区別する為に「ファイファン」と呼ばれたという背景がある。またドラゴンクエストの略称が「ドラクエ」とカタカナ4文字であり、これと差別化を図るためにスクウェアが「FF」というアルファベット2文字の略称を浸透させていったという指摘もある[2](「ドラゴンクエスト」にも「DQ」というアルファベット2文字の略称が古くから存在していた為、この説の信憑性には疑わしい所がある)。 旧世代のファンの中には今でも「ファイファン」と略す人が多い。
日本のゲーム市場における立場
日本のゲーム市場においては、ドラゴンクエストシリーズやポケットモンスターシリーズと並び、きわめて大きな影響力を持つシリーズである。FFシリーズが直接的に市場に与えた影響としては、日本における据え置き型テレビゲームの機種の世代交代の牽引が挙げられる。
これまでFFシリーズでは、当時の「次世代ハード」にプラットフォームを移して初の登場となる『ファイナルファンタジーIV』(スーパーファミコン)、『ファイナルファンタジーVII』(プレイステーション)、『ファイナルファンタジーX』(プレイステーション2)が発売されると同時に、それぞれのハードが爆発的な普及をするという、言わば起爆剤のような役割を果たしていた。その後、各社がこれに追随しソフト市場全体が活性化する、という流れの繰り返しを見せている。特に1996年の「『FFVII』をプレイステーションで開発する」というスクウェアの発表は、当時3社(ソニー・コンピュータエンタテインメントのプレイステーション、セガのセガサターン、任天堂のNINTENDO64)がいずれも突破口を見出せず拮抗していたゲーム市場において、プレイステーションを当時の据え置き型ハード市場の勝利者とする大きなきっかけになった。一方でスクウェアと任天堂との確執を呼び、スクウェアは任天堂ハードからの撤退を余儀なくされ、2003年にエニックスと合併するまでの7年間、任天堂ハードでのニュータイトルリリースはなかった。これは任天堂のゲームボーイシリーズが引続き圧倒的優位を保っていた(エニックスはワンダースワンに参入するも、リメイク作数本で終わっている)携帯ゲーム機市場で苦戦する結果となった。
また、ゲーム内での表現において、常に革新的な技術を導入することでゲーム業界全体に与えた影響も大きい。PS版『FFVII』から導入されたムービーは、各作品とも、その発売当時の映像制作技術としてはいずれも最先端の技術を誇っており、その映像表現は多くのユーザーや他社の開発者を驚かせた。映像に圧倒的なインパクトを誇る広告能力の高さから、ファイナルファンタジーシリーズはゲーム市場全体のライトユーザーへの大きな訴求力を持っていると言える。
音楽面においても、第1作から作曲を担当していた植松伸夫の存在はゲーム音楽界で非常に大きいウエイトを占めており、2005年には米国のTime紙において「現代音楽における革新者のひとり」として紹介されている。
ドラゴンクエストとの関係
日本では、エニックス(現スクウェア・エニックス)発売のドラゴンクエストシリーズがファイナルファンタジーシリーズと双璧をなす存在と言われ、しばしば比較の対象となる。
先に人気を博したのは登場の早かった『ドラゴンクエスト』である。同シリーズは日本で発売された初めての大衆向けRPG作品であり、そのインパクトと影響は大きく、生みの親の一人である坂口博信はそのビジネス的成功を見て、「ファミコンでもRPGが作れると気づいた」と語っている。また石井浩一も坂口が「ドラクエのようなRPGを作りたかった」と話していたと述べている[3]。遅れをとる形になったファイナルファンタジーシリーズの第1作は「ドラクエの亜種」と評価されることもあり、評価が固まらなかった。しかしその後、両シリーズは「競争」しながら独自の路線を確立していくことになり、両者は「2大RPG」と呼ばれるまでに成長する[4]。
日本におけるソフト累計販売本数は、『FFVII』と『FFVIII』においてドラゴンクエストシリーズに匹敵するトリプルミリオンを続けて出していたが、『FFIX』以降は作品によってやや発売本数を減らしている。これに対し、ドラゴンクエストシリーズは『DQVII』で400万本の大台をたたき出した後も、『DQVIII』でトリプルミリオンを軽々と超えている。
また、世界市場での出荷本数ではファイナルファンタジーシリーズの方が大幅に上回っている。なお、世界的な市場別での販売本数を見た場合は、開発チームによって売り上げが大きく異なる傾向も見られる(例として、日本国内ではシリーズ内で見て売れた部類に入る『FFIX』の販売本数が、北米では『FFX-2』よりも下である)。
2003年4月1日、ファイナルファンタジーシリーズの発売元であるスクウェアとドラゴンクエストシリーズの発売元であるエニックスが合併したことで、それまで「競合する存在」であった両者は「好敵手」という風合いを強くかもし出すようになった。両者のキャラクターの客演などが広く見られるようになり、2004年12月に発売された『ドラゴンクエスト&ファイナルファンタジー in いただきストリートSpecial』では両シリーズのキャラクターが共演し、2社合併の象徴ともいえる存在となった。
このような歩み寄りは見られるものの、それぞれのシリーズの独立性は失われることなく保たれている。2008年現在において、ドラゴンクエストシリーズの次回作となる『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』がニンテンドーDSで発売されることが発表された一方で、すでにファイナルファンタジーシリーズは『ファイナルファンタジーXIII』がプレイステーション3で発売されることが決定されており、両者の明確な路線の違いを見て取ることができる。
販売について
第1作『FF』から第6作『FFVI』までは、一貫して任天堂の据置ゲーム機(ファミリーコンピュータ、スーパーファミコン)向けにソフトが開発・販売されていた。しかし『FFVII』以降は、2009年現在に発表されている最新作『FFXIII』も含めて、ソニー・コンピュータエンタテインメントのゲーム機であるプレイステーションシリーズで開発・販売されている。
『FFVII』をプレイステーションで開発したことをきっかけに、それまでハードウェアを供給し続けてきた任天堂とスクウェアは険悪な関係となった。これには、大容量のメディアを採用したハードを求めていたスクウェアの開発姿勢と、任天堂の方針が大きく食い違っていた事から離反したと、後のインタビューでは語られている(そのためスーパーファミコンの末期のスクウェアタイトルは、ソフトの発売スケジュールが全て繰り上げられた)。
これ以後、長らくスクウェアは任天堂のハードでFFシリーズを開発しなかったが、映画事業の失敗に伴い、スクウェアとエニックスの合併、社長が現代表取締役社長・和田洋一に交代、方針転換してから関係が改善し、外伝的作品『ファイナルファンタジータクティクスアドバンス』や『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』が任天堂のハードで発売されることになった。
2004年からはナンバリングタイトルの移植・リメイク作品が任天堂の携帯ゲーム機向けに発売されるようになった。同年7月には『FFI・IIアドバンス』を発売。2005年10月には『FFIV アドバンス』のゲームボーイアドバンスでの発売を発表すると共に "Finest FANTASY for ADVANCE" というキャッチフレーズで「携帯機完全移植計画」を開始。ゲームボーイアドバンス向けには2006年10月に『FFV』、同年11月に『FFVI』の移植版が、ニンテンドーDSには2006年8月に『FFIII』が、2007年12月『FFIV』のリメイク版が発売された。
また、ナンバリングタイトルのうち、MMORPGである『FFXI』はPS2、Winの他にXbox360版も後にリリースされているほか、携帯電話用アプリとして『FFI』『FFII』の移植や、『FFIV』の続編などがリリースされている。